目黒 ゴン太
大学も休みに入り、のんびりとしていたらいつの間にやら年が、1998年に変わってしまった。本当に1年が早く過ぎて行く様に感じるのだが、年末、暇潰しにTVをたくさん見ていたら、どこの局も昨年の事件、出来事等の総まとめ的番組を大々的に放送していた。
それらの番組によると、1997年は全体的に見て、あまり明るい話題がなく、むしろ暗い事件、出来事が目立った様である。確かに、不況であったり、前例の無い様な異常な事件が立て続けに起こったり、社会全体の乱れの様な物を感じたことが、とても多かった。
ある大学の調査に、都内の大学生の約8割が、自分達の生活の中で何か満たされないものを感じていたり、何とない不安感を抱いているという。それらの理由の一つとして、今まで安定していた(又は、思い込んでいた)日本の社会が、前述の様な、不安定になってきたと感じられることを挙げているのだが、何もこれは、大学生だけが感じていることではなく、年齢を問わず多くの人々が感じている筈である。しかし、こうして乱れていく社会を前にして、ただただ不安だけを感じているとしたら、それは、単なる傍観者でしかない。
以前、私は、昨年起きた“酒鬼バラ”の事件を特異的なものとしたが、その事件に至るまでの経過については、私達の日常の社会の中に多くの要素が含まれていると考えている。この例えは、あまりふさわしくないのかもしれないが、私が言いたいことは、私達の不安を抱いているものの中には、異次元から飛んできた様なものばかりでなく、私達の社会の病理から発生したものが少なくないと言え、社会の担い手である以上、今ある数々の不満について、ただ社会のせいにして逃げるのではなく、自分も考えを持ち、必要とあらば、自分達で社会システムを変えようとするぐらいの意気込みが大切だと考える。

