![]() | 新山 恭子 |
私達は、毎日生きているほとんどの事を、自分で決めている様に考えます。しかし自分の思う様に事は進まず、イライラし、相手や時間や運のせいにしがちです。自分で決めてられる部分は、案外、とても少ないのではないでしょうか?まず親は選べません。たまたま、その両親の間に生まれ、その土地で生活し、偶然の出会いが、人生を決めているのです。ユングは、この偶然を、単なる偶然ではなく、意味のある必然といっています。それぞれ素質を持って、生まれ、それぞれの運命を生きていく訳である。これは受身の態度です。「前向きにポジティブに、成せばなる、努力は必ず報われる」といった考え方で、日本は動いてきました。しかし、人間の考えの及ばない、持って生まれた何かが、時代を突き動かしている様な気がします。自分の素質といっても、それに気付かず、できる事をやりたい事の区別がみえずにカラ回りしていきます。単なる受身だけではなく、自分の素質を知り、現実の制約をふまえた上で、何を選んでいくかという能動的な姿勢が必要です。すべての自由は、実に不自由であり、制約の中の自由こそ、本物と言います。「能動的受動態」とは、あきらめる所はあきらめ、選ぶところ選んでいこうという態度です。しかし、あきらめるべき所であきらめず、選べるのに選んでいない方が大変多い様です。すると、心理的エネルギーは、かなり使っているのに、全く効果がなく、頑張れば頑張る程、疲れるだけで、自分の思っている方向をずれて行きます。
人生は、基本的に、素質と運命を、潔く引き受けていくものだという姿勢を学ぶと、何か大きな問題につまずいた時、「なぜ私がこんな目に会うのだろう?」といった問いをしなくなります。「あ、こういう運命だったんだ」と、事態を冷静に受け止め、今、とりあえず、さしあたってすべき事が、見えてきます。
問題を必要以上に大きくとらえたりぜず、良い悪いの両面を含めて、今置かれている自分と、向き合っていけます。そうしている内に今までの自分のネットワークから、今の自分に必要な情報が集まり、その中から選び取り、賢い判断ができるでしょう。とかく「頑張れ、ふり返るな、落ち込むな」といった価値観に振り回され、逆に、自分が見えない場合が多い様です。自分では、動かせない時代の大きな流れの中で、今私は何を選び、どういきるのかを時々、考えてみてはいかがでしょう。