

今年のキーワードは、「現場主義」と「創造的コミュニケーション」とする。
金融システム不安、株価の下落、円安、倒産、不況、失業率の増加等、悪い話ばかりである。21世紀に向けて、混迷の度合いをますます深めている。庶民生活は一体どうなるのか。あわてずに時代の低流にある伏流をみていこう。物事の本質をちゃんと掴んでいこう。
友だち、知己を通じて、あるいは、映画、演劇、コンサートと接して、感動し、共感し、自己啓発と知的刺激を受ける対話を積極的に試みたい。そうすれば心豊かになれる。
「現場主義」にふれる。熊本の水俣病公害問題を検証してみると、水俣の現場には貴重なニュースの種がいっぱいあったのに、記者たちは見すごしていることがわかった。
公害学者の宇井純さんは「公害問題を論ずるなら、その場所に少なくとも半年は居ろ」と言い放った。この事から筆者は、いまの時代、新聞記者は「現場研究者」たれと説いた。ともかく、現場には「真実」がある。あるいは、なんらかの理由で事実が隠されている。現場には物事の本質が潜んでいると指摘するのは弁護士の中坊公平さんである。昨年10月、仙台で開かれた新聞大会の研究講演で次のように発言している。
「現場に徹すれば、本質もわかる。どんな事件でも、つまびらかに見ていけば小宇宙がその中にあり、本質が潜んでいることがわかる。」
森永砒素ミルク中毒事件の弁護団長でもある中坊さんは被害者宅に何回も足を運ぶうちに悟る。「あかちゃんは、生まれてきた時、先に生まれた人間を頼らなければ生きてゆけない。それならば、逆に、先に生まれた人間は、その赤ちゃんに対して、絶対に保護し、育成する義務がある」
「人類が生きて行くためには、絶対に親は子どもに信頼されないといけないものだ。その信頼を裏切るということは、人類の犯罪だ。わたしは、そこがこの事件の本質ではないか」(いづれも日本放送出版協会刊「野戦の指揮官、中坊公平」より)
行革にしろ、ビッグバンにしろ、私たちは人の話を聞き、本を読み、勉強し本質が何かよく見極めなければなるまい。万事に「現場主義」を貫こう。
次に「創造的コミュニケーション」について述べる。これは心理学的用語で「心が洗われ、なんらかの新たな自己発見と確証がえられるような対話」である(12月10日号銀座一丁目新聞、新山恭子の気軽に心理学より)。
このキーワードを人間だけでなく、映画、演劇、コンサートなどに広げ、習慣で善し悪しを判断せず、独自の意見を吐き、紋切り型でない人間をはぐくむ対話と解釈したい。
藤原智子監督の「ルイズ その旅立ち」のドキュメンタリー映画(8月初旬、岩波ホールで上映予定)の試写をみたさい、映画の冒頭に出てくるルイズの言葉に衝撃を受けた。
「水に流す、というけれど流さずにとどめておくことも大切なの。ためておいてバネにするのよ」
日本人はよく「水に流そう」と言う。大勢順応の日本人にあり勝ちな性格の表現かも知れれない。時にはこの常套語が間違っている場合がある。ルイズの生き方に感動し、知的刺激を受けた。
日米合作ミュージカル「レイバー・オブ・ラブ」(愛の労動)の主題歌。
レイバー・オブ・ラブ/金にためじゃない/大地の不思議を知ったから/やむにやまれず身体がうずく/人間だから心が動く/愛は力さ 愛が力さ/レイバー・オブ・ラブ
この合作ミュージカルは劇団ふるさときゃらばんとワンリール社の共同企画、制作され1991年、日本で24回、アメリカで13回公演し好評を博した。スポニチは特別協賛したが、彼らとの交流は楽しく、公演ごとに団員たちの演技がうまくなってゆくのがわかり、嬉しかったのを覚えている。
レイバー・オブ・ラブとは認められることもなく、報酬もなく、それでも情熱をかけられる仕事を指す。人間には金のためじゃなくやむにやまれずに働く仕事がある。今でもこの歌を聞くと、胸がジーンとくる。自分の生き方のモットーとしたい。
「創造的コミュニケーション」とは「感動し、知的刺激を受け、新たな自己啓発を得るような対話」と解釈する。
問題にぶつかった時、困ったさい、この二つのキーワードを思い出してほしい。生きる参考になろう。